平井 康三郎筰 (1886-1965)
「日本の笛」より
10曲抜粋して歌います。
詩はすべて北原白秋
北原白秋の同名の詩集の中から21編を平井康三郎が選び、
昭和18年ごろに作曲されたものです。
前書きより「日本の笛の中の詩は、わが国土の北から南へと広がる豊かな民族の詩であり、
私たちの祖先が生活したそれぞれの土地の気候、風土、人情が、
いきいきと描き出された珠玉の名作で、
ここにこそ本当の日本民族の『魂のふるさと』を見出すことかできる。」
とありますように色々な地域の歌を歌います。
・親船小舟
沖の大船
ありゃ 親船よ
見やれ ゆさりとも
帆は揺れぬ
おいら 小伝馬
まだ親がかり
いろのろの字の
櫓も持たぬ
神奈川県三浦岬あたりの漁村の風景
小伝馬船とは荷物を運んで親船と岸の間を往復する小舟の事です。
・浪の音
山で大鋸挽きゃ
日かげの長さ
浪の音聴きゃ
日の永さ
浪の音聴きゃ
まだ日は永い
山は辛夷の
花ざかり
あれは鷗か
日和の海か
山は檜の
昼の霧
山に日暮れて
ひもじい時は
沖の大船
見て下る
こちらも同じく神奈川県三浦岬あたりの風景
大鋸(おが)というのは木を切る「大のこぎり」のことで、
のどかな日和を歌っています。
・ぬしは牛飼い
ぬしは牛飼
笛吹き上手
いつも横目に
見て通る
みやれ 水甕
黄八丈の羽織
わたしゃ 頭も
濡らしゃせぬ
こちらは、伊豆 八丈島での生活の風景
自分たちの気を魅こうと
流し目をしている牛飼いの若者をからかう
八丈島の娘たちの歌です。
「ぬし」は、あなたという敬意を込めた二人称ですが、
ここでは「あんた」という程度の軽い調子で用いられています。
・びいでびいで
びいでびいでの
今 花盛り
紅いかんざし
暁けの霧
びいでびいでの
あの花かげで
何とお仰った
末かけた
ここからは、小笠原諸島での歌が続きます。
びいでびいで とは ブーゲンビリアの事です。
末かけた とは 「末は夫婦にと誓った」の意味で
同じメロディーを繰り返すのですが、2回目は
「誓ったのに・・・」という思いが混じった歌です。
・関守
パパヤが咲いたかやと
そっと寄っていたら
山羊が見つけた
角立てた
明けの山椒の実を
そっと出て嚙めば
瑠璃鳥が見つけた
声立てた
関守とは関所を守る番人の事で、
この歌の解釈は色々あるのですが、私は素直に、
山羊や瑠璃は可愛い山の番人(関守)たちで、
パパイヤの花や、山椒の実を守っている!と歌います。
・追分
誰が吹くのか 月夜の島に
ひとり ほそぼそ 一節切
椰子の花咲く 南の夏に
忍路高島 北の雪
一節切(ひとよぎり)とは、長さ一尺一寸一分(約34cm)の一節五孔の尺八の一種です。
ここ小笠原諸島では椰子の花も咲いているのに、
この一節切の主の吹く、追分のうたわれる北海道 忍路高島(おしょろたかしま)あたりでは、
雪が降りしきっているのでしょう。
・夏の宵月
月の円さよ
今宵の明さ
護謨の葉越しの
燈の青さ
島は宵月
宵からおじゃれ
かわい独木舟で
早よおじゃれ
今は宵月
夜ふけておじゃれ
浜はタマナの
花ざかり
忍び忍ばれ
夜ふけて来たが
今ぢゃ宵月
昼の虹
うって変わって、明るい微笑ましい恋の詩です。
おじゃれ とは 「いらっしゃい」「おいで」という意味です。
娘は、ちょっと離れた島にでも住んでいるのでしょう。
前奏のピアノは、ギターのようで、セレナーデを想像させます。
前半2部のブラームスでもセレナーデが出て参りました!
・くるくるからから
風にくるくる
測候所の風見
島の日永の日は小さい
くるくる
風にからから
椰子の実の殻よ
島の日永の日は高い
からから
今でも小笠原に気象観測所はありますが、
昔も測候所があって、屋根に風見鶏があったのでしょうね。
のどかな島の風景を歌います。
・伊那
信州 伊那の谷
木瓜の花盛り
春蚕かえそか
婿とろか
伊那は夕焼
高遠は小焼
明日は日和か
繭売ろか
桑の夜霜に
ちらつく星は
夫婦星かよ
まだ明けぬ
これまで続いてきた南国の風物の詩と一変して、
信州などの寒い地方を舞台にした作品になります。
伊那には高校時代の友達が住んでおりまして、
よくスノーボードに行きました!
伊那や高遠は高速を走っていると目にする地名で、
北原白秋はスノーボードをしに、伊那を通って八方尾根に行っているソプラノ歌手が、
自分の詩が大好きで歌うことになると想像していたでしょうか?(笑)
・山は雪かよ
山は雪かよ
大寒小寒
飛んで 飛んで来た
豆小僧
寒い筈だよ
北山おろし
逃げて 逃げて来た
豆うさぎ
寒そうです!ピアノが凄いです!
ぜひホールでお聞き下さい!!!
(やっぱり解説になってない・笑)
解説の大部分は、
「日本歌曲百選 詩の分析と解釈 Ⅱ」より抜粋しました。
曲目解説その4はコチラ